2025.06.03
Episode2 地域ドメインの再定義

地域ドメインの再定義とは?
本日のエピソードは、「地域ドメインの再定義」です。
よく仕事では「シティープロモーション」や「シティーブランディング」などの戦略策定を請け負うことがあります。
その業務は定住者人口の増加や観光客の誘因などを目的として、
当該都市や街の強みなどを活かして、地域に新たな価値を見出し、居住者の定着意向の強化のみならず、定住予備群や観光客にPRをします。
工業イメージの強い街に、サイエンス関連企業を誘致し、最先端科学技術都市として再定義したり、
危険視される原発の街に、さらに再生可能エネルギーを付加し、持続可能な社会づくりのブランディングをしたりと、
その打ち手は10の都市、街があれば全て違う再定義を行います。
「地域ドメインの再定義」の方法は、一般的に、地域の資源の再発見や発掘を行うことから始めます。
この地域の資源を一つないし、複数をピックして、地域ドメインの新たなコンセプトをつくります。
コンセプトができたら、後はPRやブランディングを行い、同時に関連企業や組織の誘致や活動を行います。
よって「地域ドメインの再定義」から、実際に周知、かつ施策の効果がでるまでは、一朝一夕にはできないものです。
さて、今回は、ある市の「地域ドメインの再定義」の事例になります。
前述したように、一般的は、その地域の強みから探すことが肝要ですが、
この地域では、 いつもと違う境遇から始まることになりました。
悲劇に見舞われた地域
8年前に、我が社のパートナー会社の代表から、一本の電話がかかってきました。
要件は、東日本大震災に見舞われた地域の再生にアイデアがほしいとのこと。
その地域はM市です。
震災により、地震、津波、そして福島第一原子力発電所事故という複合災害に見舞われた場所です。
早速現地視察に行くことになりました。
市の方で視察スケジュールを組んでいただき、さらに車で案内していただくことになりました。
既に震災から6年を経過したといえ、震災の爪痕は至るところに残っていました。
住む人がいなくなった家屋の老朽化や、解体して更地になった場所。
または、この地域で再起しようとう表れなのか、新築の住宅もちらほらとあります。
諦めと未来への希望が入り混じった地域だと、
その時は感じていました。
特に印象的だったのは、
案内してくださった市の職員の言葉です。
「放射能の汚染により、農業や工場、住宅街への再活用は難しい」とのこと。
そう、当然ですが、地域全体から災害により、たくさんの強みが失われていたのです。
さて「どう戦略設計するか?」今までにない難易度です。
弱みを強みに
帰りの新幹線で、どのように戦略設計をするか考えを巡らせていました。
そこで、ふと思い出したのは、案内してくださった市の職員の言葉。
「放射能の汚染により、農業や工場、住宅街への再活用は難しいかと」
使えなくなった土地をどう使うか?
そこで思いついたのが、滑走路です。
滑走路なら、農作物を育てたり、人が住むわけでないので、被曝量は限りなく少なくなるかと。
「飛行場なんて、そんな簡単につくれないし、そもそも地方に需要があるのか」
と思われたかもしれません。
但し、放射能汚染で、土地の利活用は絶望的だと思っていましたが、
視点を変えれば、その弱みは強みに変えられる、そんな可能性に気付いた瞬間でした。
ちなみに、飛行場ではありません。
ズバリ「宇宙滑走路」です!
宇宙基地は太平洋側にあること、
また広大な敷地が必要です。
もちろん宇宙基地こそ簡単につくれるものではありません。
しかし、この発想が実際の戦略策定に役立ちました。
そして市に提案
そこからは前述のパートナー企業と共同で、戦略策定をしました。
その市には既に震災復興予算もついていたため、
ロボット開発やドローン開発の研究所は既にありました。
そこに「航空・宇宙産業」の付加することで、新たなテクノロジー産業を持つ地域として再定義。
フェーズ1からフェーズ3にわけ、
まずは、小型航空機の開発や専門学校に「航空・宇宙産業」の学科を新設したり、産業と人材が相互に成長する仕組むづくりから始め、最後は宇宙関連産業の進出です。
そして市への提案書としてまとめました。
そして提案日当日。
薄曇りの中、市役所の会議室に入りました。
市からは副市長と職員が数名、
私たちは前述のパートナー企業のスタッフを含め4名です。
早速提案を始めると、開始10分くらいの提案書の肝の部分を説明した時、
不思議な出来事がありました。
私が、「航空・宇宙産業を取り入れて、(中略)こうして、“悲劇の街を希望の街にする“のです!」
と言ったところで、ドーンと雷が落ちたのです!?
私の座っている背後に窓があり、反対に職員がいたため、皆様かなり驚いたようです(笑)
「すごい演出ですね、、」
と言われたことを今でも覚えています。
雷は後にも先にも、あの一回のみ。
薄曇りの中で雷が落ちる天候でもなかったのですが、、。
おっと、横路にそれました。
本題に戻ります。
そして8年経った今
その提案がその後どうなったかの話をします。
市は「航空・宇宙産業」の導入を検討し始め、準備室を設置。
実行はパートナー企業に委ね、我が社から出向という形で、
その業務をサポートすることにしました。
まずは試験航空機用の滑走路をつくったり、専門学校への技術アドバイスや、
(詳細は活用しますが)新たな航空機の開発等、徐々ではありますが、
確実にプロジェクトは進めています。
さて、フェーズ3の宇宙基地がどうやってやるの?
という話ですが、ここは企業秘密とさせてください。
夏にも米国の宇宙関連企業に出向きます。
必ず、日本にも宇宙基地をつくろうと、その目的を諦めるつもりはありません。
開示できる内容があれば、このコラムでも報告しますので、お楽しみに。
ちょいとスケール大きめの戦略事例が続きましたので、
次回はかなりスモールかつ涙する戦略事例を紹介します。
執筆:芦田博