2021.08.24

世界一やさしい 「経営戦略」立案講座 第四章

世界一やさしい 「経営戦略」立案講座 第四章

自社のミッションを明確にする

企業理念はどれだけ大切か

企業戦略を確実に実行するために必要な次の要素は理念の整備と、事業ドメインの定義です。まず簡単に言葉の説明をしておきましょう。

 

「企業理念」とは、企業経営をするうえでの根本となる考え方です。企業がもっとも大切にしなければならない柱です。

 

一方の「企業ドメイン」とは、一言でいえば「うちは○○屋だ」と定義することです。あれもやりたい、これもやりたい、とマルチに手を広げて一時は良かったものの、結局どれも駄目になってしまった企業がちらほらあります。それよりも、この業界のココ、というポジションをきちんと確保したほうが、焦点を絞って経営戦略を練りやすくなります。特に中小企業ではこの部分がきちんと固まっていないと、あっという間に空中分解してしまうでしょう。

 

 

なぜ、企業理念や企業ドメインの重要なのか、まずは事例から紹介します。

 

 

理念策定抜きの経営の末路

フリスビーやブーメンラン、スケートボード等、アウトドアトイ関連のおもちゃを扱う会社があります。数年前にWeb制作の依頼を受けたことから、お付き合いが始まりました。社長からの依頼は、WEBサイトのリニューアルだけでした。それだけなら単なる化粧直しをするだけですから、正直なところ簡単に済ますことができます。しかし、私たちは各種ツール(映像、WEB等)制作依頼を受けた際に「6e」に基づき、この会社が何を目指し、現在どういう環境に置かれているのかを把握してから制作に取りかかります。

 

このケースでは、WEB制作の依頼からでしたから、まずは現在のWebサイトをチェックしてみました。ところが、商品説明などがあって取り扱い商品についてはいろいろと分かるのですが、会社自体が何をしたいのか、何を顧客に伝えたいのかがわかりませんでした。

 

そのため、まずは社長からのヒアリングや、この会社におかれた経営環境の分析を行いました。

 

そこで分かったのは、おもちゃメーカーの市場は、ターゲットである子供の少子化と、ゲーム等が与える子供への悪影響が問題視されている社会情勢でもありました。社長自身は、これらゲーム等のおもちゃは扱う意思はなく、子供の健全な成長を育む、体を使う、アウトドアトイを中心に扱う商社になるとの意思を強く感じました。おもちゃといっても、大手のおもちゃメーカーは以前として、大きな力を持っていますし、真っ向勝負したら敗北は確実です。

 

そのため、WEBサイトの制作以前に、企業理念の作成と、事業ドメインの再定義を行うことにしました。そこでつくられた企業理念が、「スポーツトイの企画・販売・輸出入を通じ、世界の子供達の教育に貢献します」となったのです。これは社長のスポーツトイを愛する想いを引き出しただけです。しかし、企業理念は様々なエッセンスを持っていました。

 

まず、効果が出たのが、顧客であるおもちゃ屋さん(この場合は流通と呼ぶ)の購買担当や、社員に対してです。メイン顧客である流通は、スポーツトイの価値に気づく事となります。ただのおもちゃだったものが、子供の健全な成長をサポートするものと、再価値化されたのです。社員も同様、自社の社会貢献性を再確認することができました。

 

これにより、社員の業務への取り組みが活性会したことは言う迄もありません。また、スケボーやフリスビー等、スポーツトイというものは古くからあったものですが、スポーツトイというジャンルが新たに再認識されることとなりました。これにより、大手のおもちゃメーカーとは差別化が行われるばかりでなく、アウトドア専門ショップが、アウトドアに使えるおもちゃとして、店舗で販売を開始、この会社は1年で売上高が三倍になったのです。

 

もう一つ、別の事例を紹介します。

 

企業理念を語るうえで、ひとつどうしても忘れられない物語があります。

 

それは、アパートやマンションを清掃する会社で働く若者を追ったドキュメンタリーでした。しかもその会社はただの清掃会社ではなく、自殺や高齢者の病死など事故物件を専門に扱う清掃会社だったのです。

 

物語は、事故物件専門の清掃会社に青年がアルバイトとして入ってきたところから始まりました。ミュージシャンになる夢が破れ、生活費を稼ぐためだけにその清掃会社で働くことになりました。仕事振りもあまりさえず、ミスばかりで、やる気が伝わってきません。さすがにこの若者は辞めてしまうのだろうと思いながらも、目が離せないで画面を見続けていました。

 

そんなある日、社長がその青年を飲みに連れて行きます。

 

社長は、もともと普通の清掃会社を営んでいましたが、経営難になり、たまたま事故物件の清掃を請け負うことになりました。清掃が終わったとき遺族から感謝の言葉をもらい、その瞬間「この仕事を自分がやらなくて、誰がやるんだ」ということに気づきました。それ以来、事故物件専門の業者となったのです。

 

ただ、それは番組を見ている視聴者にはナレーションが挟まるので分かるのですが、この経緯を、社長は飲みの席で青年にはほとんど語りませんでした。

 

ところが、しょうがなく働いているように見えた青年も。実は社長の背中を見てこの仕事の意義を感じていたのです。
話は数カ月後に飛びます。元気に働く青年の姿がそこにはありました。彼は辞めなかったのです。不覚にも私は涙が止まらなくなりました。

 

人がやりたがらないであろう事故物件専門の清掃会社にも、立派な「無言の理念」があること。そして、若者がその企業理念に触発されて現在があることに感動していたのです。

 

これを見て、同時に、まだ自分自身の理念策定の考え方にも甘さがあったことを思い知らされました。
どんな小さな思いでも、どんな小さな会社でも、存在すべき理由と確固とした理念があれば、人材は育ってくれる。そんなことが胸に刻み込まれた一件でした。

 

さて、この2例のように、経営理念は、経営にとても重要な要素だということがおわかり頂けるでしょうが、実際の経営の現場では、この理念策定が置き去りにされている傾向があります。

 

経営者の経営理念への理解がなく、企業ドメインが不明であるなど、どちらが欠けても会社は中長期的に見て危うくなります。両者がきちんとそろって初めて、将来展望が開けてくるのです。

 

経営者のみなさんは、自社の事業の意味や社員のやりがいを考えた理念設計をしているでしょうか。社員はサラリーを得ることも大切ですが、自分の人生の大半を会社と経営者であるあなたに預けているのです。だからこそ、自社の事業の社会貢献性や組織的な意味を見出し、理念化する責任があります。その責任を果たそす必要があるのです。

 

経営を生き甲斐とし、夢中になる経営者は大勢います。しかし、経営に熱中するあまりに、社員の気持ちを置き去りにしている経営者がいます。社員は社長と違い、定給で人生の大半を会社に捧げていることを忘れているのです。

 

確かに社長業はハイリスク・ハイリターンの世界で、経営はゲームのよう側面があります。社長の大半がそんな状況を楽しんでいたりもします。それが一人起業した会社なら別にかまいませんが、人生や家族の生活をかけている社員は、そんな社長をどう見ていると思うのか。

 

答えは簡単。「もう付き合いきれない」、そう思っているはずです。

 

社員にとって仕事内容や収入は大切ですが、特に重視しているのが「やりがい」なのです。もっと詳しく言うなら、自分の生まれた意味や役割を考え、それがこの会社で実現するかどうかを考えているわけです。

 

経営者の求めるものと社員が求めるものが乖離していると、その会社はどうなるでしょうか。

 

私の経験から述べれば、売り上げ第一が優先されると、社員だけでなく顧客までも置き去りにした利益主義の傾向に陥るのが常です。

 

社員は、顧客対応の最前線となるわけですから、自分たちが置き去りにされているのに、経営者のためだけに顧客対応をすることなど納得できないでしょう。新たな自分の使命ややりがいを求めて、会社を離れることだけを考えるようになるのです。

 

転職者が多い会社には、新卒や中途採用さえ集まりません。近年ではネットの掲示板やツイッターなどで、「ブラック企業リスト」が挙げられるようにまでなっています。そのような会社に、あえて飛び込むようなマネはしません。

 

経営者は、仕事が面白くなってくると、逆に回りを見渡すことを忘れてひたすら前へと突き進んでいきます。そこで、人や組織、顧客という大切なものを見失ってしまいがちなのです。そこまで行き着くと「どうぞ一人でやってください」とみんなが離れていき、あなたの楽しんでいたゲームは終了です。

 

これは「社員を甘やかせ」と言っているのではありません。みんなが納得し、やりがいを感じられるような理念を持ち、全員で共有していこうということなのです。それが、経営者としてリーダーシップを発揮する瞬間だと私は考えます。

 

 

企業理念は「階層」で考える

さて、実際に経営理念の必須項目を紹介しますので、自社に何が足りないか確認してください。

 

企業理念の考え方はいろいろあり、識者の間でも規定の仕方は異なります。ただ、一般的には次のような4階層のピラミッドで説明できます。

 

・企業理念(頂点)

 

・行動規範

 

・ミッション

 

・ビジョン

 

 

 

経営理念とは、企業の創設者および経営者が,その企業経営にもっている基本的考え方を策定となります。それは企業の社会的な役割についての信念として表現されることもあり、企業内の管理・運営についての考え方として表現される場合もあります。この経営理念を頂点に据えると、次に求められるのは行動規範です。企業理念を踏まえて、経営者だけでなく幹部や社員ら全員が、どのような行動をするかの指針が必要となります。

 

その下がミッションです。すべての行動のあとには、結果が残ります。それが企業のなし遂げたミッションであり、それが妥当なものでなければ、設定したミッションは間違っていることになります。その点が揺らがぬように最初からきちんと規定しておくことが重要です。ミッションは一般的には社会への貢献を掲げることが多く、その名のとおり、企業の社会的役割につながります。

 

最後にビジョンが位置します。ビジョンとは、ミッションを達成した企業の将来や、貢献した社会の未来をイメージするものです。 ビジョンは、経営者が何を望むのかによって決まります。もしかしたらそれは「顧客満足度ナンバー1」かもしれません。

 

「株式上場」のような業績や大きな売り上げを伴う企業成長でもいいでしょう。さらに「ロボティクステクノロジーによって、社会をより良いものとする」といった、ミッションとビジョンの区分けが難しい例もあります。とりあえず、ミッションは企業の役割を規定し、ビジョンは企業がつくった未来を表現すると考えておけばいいと思います。

 

このように、企業は一般的に理念からビジョンまで規定するとよいのですが、これについては明確な決まりはなく、企業独自の方法や理念を策定するコンサルタントの手法により策定していきます。

 

企業理念は、企業の業績にも影響を与えます。

 

いくつかの研究でも、企業の成長や規模と理念の有無が業績を押し上げていることが明らかになっています。理念と企業成長は「ニワトリと卵」同様、どちらが先か判別できませんし、因果関係を特定するまでには至っていないですが、企業理念と成長が共存してこそ業績が上がっていることは間違いないことがうかがえます。

 

ただし企業理念の導入においては、2つのボトルネックがあるので注意してください。

 

そのひとつが経営者の理念への不理解です。経営者は、会社経営をするのが仕事です。経営がうまくいけば、社会的な立場も高くなり、それなりの報酬を得ることができます。反対に、失敗すれば文字どおり路頭に迷い、みじめな生活が待っているかもしれません。そんな裏表の関係に置かれているのが経営者という者なのです。

 

そのため、経営者のほとんどが経営そのものに夢中になりがちで、経営を人生の根本においている人が多いのです。

 

もちろん経営に夢中になるのはまったく問題ありません。ただ、個人事業主ならいいですが、自分ひとりだけの「熱い思い」を勝手に振り回しても、社員を抱えていた場合には空回りしかねません。「ワンマン経営者」のレッテルを貼られて誰もついてきてくれなくなる可能性さえあります。そうなるともう、企業のミッションは達成できません。経営理念は自分ひとりだけのものではないと理解すること、そして自分の気持ちだけを振りかざさず、全員で一丸となる牽引力が経営者には要求されます。

 

2つめは、理念策定のコンサルタントにおける問題点です。

 

1章で述べたように、本来なら経営をサポートすべき存在であるコンサルタントに能力がなければ、いくら経営理念を策定しようにも、的外れなものしか出て来ず何の役にも立ちません。経営者がコンサルティングを依頼する場合には、そのアドバイスが的確かどうかをしっかり判断するだけの理解力やリテラシーが大切になります。使えないコンサルタントに経営戦略を丸投げしているようでは、将来を失ってしまうでしょう。

 

アップル社を創業した故スティーブ・ジョブスはこう述べています。

 

————————————–
我々は自らのビジョンに賭けているんだ。
(中略)
我々にとっていつも大事なのは次の夢なんだ。
————————————–
————————————–
今やっていることがどこかに繋がると信じてください。
その点がどこかに繋がると信じていれば、他の人と違う道を歩いていても自信を持って歩き通せるからです。
————————————–

 

これらの言葉は、理念としてとても大切なことを物語っています。理念とは人を説得し、ともに歩もうとさせてくれる強い思いです。決して独りよがりではない熱意こそが、経営理念である。私はそう考えています。

 

 

CIの再定義とブランディング

さて、理念・企業ドメインの設計、見直しを行ったら、次の、コーポレートアイデンティティ)の再定義やブランディングが必要です。

 

これは、せっかく理念・企業ドメインをつくったわけですから、それを顧客、社員等のステームホルダーへ表現する活動となります。好きな人ができても、その想いをメールなり、手紙なりで伝えなければ、その恋は片思いに終わる、それと一緒です。

①コーポレートアイデンティティ(CI)の再定義

コーポレートアイデンティティ再定義とは、前述の理念・企業ドメインの見直しにより、その想いを形にする工程となります。

 

具体的に言うと、理念・企業ドメインを表現する企業ロゴ、企業スローガンなどを作成するものと考えてください。

②コーポレートアイデンティティ(CI)のブランディング

次は、コーポレートアイデンティティを伝えるブランディング(※)活動を行います。

 

コーポレートブランドの再定義によって確立された、想いは周囲に伝えなければ意味がありません。そのためにはブランディング活動が必要です。

 

企業にとって、商品やサービスだけでなく、従業員、広告など、自社を取り巻くすべての要素と顧客とを一点で結びつけ、首尾一貫したメッセージを発信することが重要になのです。

 

対外的だけでなく、社内的にもコーポレートブランドを浸透させることが、大きな推進力を生み出します。ブランディング活動ができれば、会社の方向性や存在意義、そして製品やサービスへの価値を理解してもらうことができます。それが「ブランディング」です。

 

※ ブランディングとは

 

顧客や消費者にとって価値のあるブランドを構築するための活動。ブランドの特徴や競合する企業・製品との違いを明確に提示することで、顧客や消費者の関心を高め、購買を促進することを目的とする。消費者との信頼関係を深めることで、ブランドの訴求力が向上し、競合他社に対して優位に立つことができる。