2021.08.24
世界一やさしい 「経営戦略」立案講座 第七章
継続的な成長を意流すマネジメント
適切な管理は業績向上のための必須要素
次はマネジメントの見直しを行います。環境分析から、理念策定、事業戦略、マーケティングの設計まで進みました。ここからは、今迄策定した各種戦略を機能させるための組織づくりとなります。いくら良い理念や戦略であろうが、ヒト・カネが揃わないと、次のオペレーションに移れません。そして、どんなに儲かっている会社でも、そこで働く社員がきちんと能力を発揮する場でなければ、企業として長く続けていくことはできません。これは経営者も同じことです。創業者が見事な業績を残したのに、それを受け継いだ二代目、三代目が会社を丸ごと台無しにしてしまったという話をすれば、いくつかの企業が思い当たるでしょう。地元に根ざした個人商店が維持できているのは、購入してくれる地盤がきちんとできているからです。ステークホルダーを多く抱える上場企業ならその責任は重大です。
人材育成ノウハウ、財務管理などマネジメントは金銭では買えな「財」なのです。企業としてやらなければならないことは、業種、職種などによってすべて異なります。しかし、人の力を最大限に生かす仕組みを構築することは、戦略としてひとつ頭に入れておかなければいけないでしょう。 以下、マネジメントのチェック項目を紹介します。
1.組織構造デザイン
企業の組織構造で常にベストの状態はありません。ただ、そのとき、その状況下で最善の構造を組み立てることは可能です。そんな組織構造をデザインするためには、企業目標つまりビジョン、理念、目標や企業戦略、事業戦略、テクノロジーなどをきちんと共有できることが必須になります。経営戦略を視覚化させて、全社員で共有できれば、その意図はきちんと伝わり、同じ目標を目指すことができるわけです。こんなに心強いことはありません。これが、まず組織を整えるうえでは必要です。
組織構造デザインの意味
組織構造は全社的な経営戦略と整合性が取られているかどうかが重要です。その上で、
・事業部や部門などの下部組織が担う機能
・指揮命令系統、人的資源の配分と権限
をはっきりとさせておかなければなりません。
組織構造の基本的なパターン
組織構造について、いくつかの代表的なスタイルがあるので、それをご紹介しましよう。
1.機能別組織
個々の機能をユニット化した組織のことです。例えば製造、営業、研究開発、財務、経理、人事などがあります。こうした部門を設置することで役割分担が明確になり、従業員は各業務の専門家を目指すことができます。意思決定の権限も部門長に集中させればいいのです。ただし、階層化が進んで過度の上下関係ができたり、コミュニケーション不足で部門間の連携が取れないなどの問題点が発生する場合があります。こうした理由から、機能別組織はある程度の規模に達し、急変の少ない安定的な環境に適しています。
2.事業部制組織
市場や顧客のセグメント、地域、製品群といった観点から分類された、ターゲットを意識した組織構造です。複数の企業の集合体のような構造なので、一事業部内で業務が完結し、意思決定権限も事業部ごとに持たせます。欠点は、業務内容や担当が部分的にかぶったり、全社的なベクトルを合わせることが難しかったりし、場合によっては、事業部間で軋轢が生まれる可能性もはらんでいることです。ただし、複数の異なる分野の事業を効率よく運営したい企業に適しています。
3.マトリックス組織
機能別組織における専門性の向上と、事業部制組織における分権管理を同時に実現することを狙った組織構造です。ただ、従業員は役割の違う2つの組織に属することになるため、指揮系統が二重化し、意思決定メカニズムが不明瞭になったり、業務プロセスが複雑化したりすることが多く、意思決定や戦略実行が遅くなりがちです。それ以前に社員にとっての負担が大きいというデメリットがあります。
4.カンパニー制組織
複数の事業を展開する際のスピードアップと経営資源の適正な配分行って成立させた組織構造です。事業部制と同様に部門ごとに社内分社化し、より権限を委譲して独立採算性を高め、利益責任までを持たせる組織形態で、日本では、1994年にソニーが初めてカンパニー制を導入しました。全社の統括的戦略を決定する戦略立案部門と、業務執行部門とを明確に分離している点が特徴です。
組織構造デザインのポイント
組織のデザインに関して、カナダの経営学者ヘンリー・ミンツバーグは以下の4つの側面に言及しています。
1.ポジションの設計
どのような専門性・仕事内容・スキルが必要か など
2.上部構造の設計
それぞれのポジションをどのようにまとめるか。仕事の流れなど相互依存関係が重要。
3.関係性の設計
まとめられたグループをどのように結びつけるか。
4.意思決定システムの設計
トップダウン/ボトムダウン など
上記の4つを踏まえ、外部環境や内部環境に留意しながら社内でのヒアリングや経営陣などとの定期的なミーティングを実施し、最適な組織構造を構築していく作業が必要となります。
2.人的資源管理
経営理念・経営計画の面から必要な人材が見えてくることもあります。「この業務を成し遂げるにはこんなタイプの人材が必要だ」と決まれば、ヘッドハンティングなどで人材確保する手があります。また新卒採用の段階で、新しい事業展開から逆算して合致する若者を採用するという方法も必要です。人的資源管理という発想は、会社にとって最適な人材資源確保のためにきちんと捉えておかなければいけない大切な要素です。
また確保した人材から最大限の能力を引き出すための幹部候補の育成、コーチングなどのスキル磨き、研修の充実など、指導力を高め、学べる土壌を整えることは、経営者として忘れてはいけないでしょう。経営者自身の学びも大切です。魅力ある目標、魅力ある経営者の周りには、優秀な人材が自然と集まってくるはずです。
人事戦略のポイント
現在の企業環境や将来の組織像と、個人の能力を適合することは、人事教育の戦略構築にあたって重要なポイントです。
①適材適所の実現
個人の能力が最大限に発揮されるのは「適材適所」が実現したときです。適材適所は技能面だけでなく、個人の趣味嗜好や性格などとの適合性も考慮することが必要です。米国GE社で開発された「脳優勢度調査法」は、個人の適性脳機能の部位と結びつけて分析し、適材適所の実現に役立てる方法だそうです。こうした実験的な試行錯誤も必要かもしれません。
②社員のプロ化
会社で責任を持って働いてもらっているわけですから、社員一人一人がプロフェッショナルとして独立できるぐらいの能力の開発が究極の「プロ化」です。こうした「企業内起業家」クラスを養成できるような教育の仕組みがあれば申し分ありません。そのためには、社員と話し合い、互いの合意の上で仕事割当を決定していく方法も適材適所を知る手段です。そのためには、社員に何らかの目標や会社への期待を持ってもらい、全社目標と整合性のある個人目標を自主的に定めてもらえれば、最大のパフォーマンスが期待できます。
③知識の創造と共有
もし仮に社員がとてつもない能力を発揮して、一大プロジェクトを達成させたとき、そのノウハウは誰が持っているのでしょうか。それがその社員だけだったとき、次に同様なテーマがあった際にその社員がいなければ手も足も出ないというのでは意味がありません。個人の知や創造力を社内で共有できてこそ、組織が成り立つのです。人材の流動化が進んでいる時代ですから、個人の知識を社内全体の知識へと変える仕組みをつくっておくことが大切です。知識の創造や共有の仕組み作り(ナレッジマネジメント)を検討しておくべきでしょう。
④社員の自律意識のサポート
社員が企業に求めているものは、生活費の確保だけでなく、やりがいや達成感が大部分を占めます。そのためには、自己実現や能力を最大限に発揮する場があることが重要となります。
ところが、どうしてもそんな場所がないというとき、無理強いに働かせても成果が上がらないばかりか、個人の会社に対する嫌悪感さえ生まれるかもしれません。社内にどうしても能力が発揮できる場がなければ、その社員は会社にいてもお互いに得をしません。そこまでに至った以上は、怒鳴りつけたりするのではなく、社員に気持ちよく転職してもらえるよう、むしろ会社側が積極的にサポートすべきです。
⑤社員満足度調査
社員がその組織に居続けたくなる理由を会社に備えることが、人事戦略上重要な課題です。社員が会社に魅力を感じるポイントはさまざまですが、なるべくこまめに目を配り、それぞれがどんな点に満足を覚えるかを調査しておくことも必要です。
一般的には次のような項目が、社員満足度を高める要素になります。
労働条件(給与水準、福利厚生、労働時間)/職務のやりがい/公正、平等な業績評価/経営者や上司への信頼感/個人目標と組織目標の一致/将来に対する安心感/キャリアパスの充実
⑥業績評価を行う
業績評価とは、リーダーシップ育成、雇用、社員満足度などといった、数値的な計測が困難なものに対して、何らかの基準を設けて定量化し、評価することです。
企業のほとんどは個人の評価設計があいまいです。全員にやる気を持たせてステップアップさせていく動機づけとして、有効かつ適切な評価基準をづくりが必要です
3.財務戦略
企業価値を高めるためには、経営戦略や事業戦略を成し遂げるだけではなく、企業を支える財務基盤の強化が必要です。私のように、資金を集めて企業を買収したものの、運転資金不足に陥ったような失敗は、今では笑い話にもなりますが、当時はまったく笑えませんでした。それだけ財務管理は重要なのです。
しかし貯め込むばかりでも経済は回っていきません。適切なときにはドンと投資できるような素養も大切です。財務施策の立案や実行によって最適な資本構成が実現できれば、企業は成長し続けることでしょう。また資金面での信頼が獲得できれば、新しい事業展開における融資の交渉もスムーズに進みます。そんな財務管理戦略の構築は、経営戦略を展開するに当たって大切な柱の一本となります。
財務戦略の手法
財務戦略の構成要素をここでは「資金投下のガイドライン」「運用マネジメント」「調達マネジメント」の3項目に分けて見ていきます。
①資金投下のガイドライン
株主価値を高めるためには厳しい投資ガイドラインが欠かせません。簡単に言えば、株主価値を増大させていくために、投資の利益率は、資本コスト(株主資本コストと借入コストの加重平均)を上回らなければならないということです。
ガイドライン設定のためにまず考えるべきことは、投資の評価基準である資本コストをどうやって算定すればよいか、という点です。資金調達は株主資本と第三者からの借入による他人資本との2種類があります。同様に、資本コストも株主資本コストと借入コストの加重平均として計算します。借入コストは借入金利なので簡単に特定できますが、株主資本コストは投資家の期待を含むため、計算が複雑です。これ算定する計算式はいくつかありますが、株価の変動に伴いコストやリスクが変動するため、リスクの大きい株式と認識されると、株主コストは高くなってしまい、ガイドラインの設定が難しくなってしまいます。
②運用マネジメント
運用マネジメントは、「計画」「導入」「監視とフィードバック」の3段階より構成されます。
まず「計画」について。運用マネジメントを考えるにあたり、勘案すべきことは、企業の目的との整合性を図ること、短期的な資金繰りを合わせること、そして販売する製品のライフサイクルを考慮し、もし必要ならばどのタイミングで新製品を投入するかを、あらかじめ計画しておくことが重要です。
「導入」の展開については、大きく分けて「運転資本マネジメント」「資本予算」「M&A」の3つから構成されます。
運転資金とは、流動資産から流動負債を差し引いたものです。だから運転資金をきちんと確保しておくためには、流動資産や流動負債が現在どうなっているかを常に気に留めておく必要があります。売掛金や棚卸資産の積み増しなどについての意思決定は、資金コストを賄うだけの収益があるかがポイントです。
資本予算とは、企業の長期投資戦略の実行計画を指します。企業としての成長に行き詰まりが出てきたときには、M&Aをするという手もあります。一般的に、リストラをすれば大きく収益を伸ばせる会社や、既存事業に取り込むことによって自社の事業にシナジー効果をもたらすような会社が安価であれば狙い目です。
「監視とフィードバック」は、まさにPDCAサイクルです。ある計画を実行しても、それに対して検証やフィードバックがなければ組織は学習せず、次の成長を期待できなくなります。計画が順調に動いているかを監視し、結果がどうであれ、それを分析してフィードバックするプロセスが、ここでも重要になります。定期的に事業部やプロジェクトなどのキャッシュフローなど資金面を把握し、計画と実績の差を常に監視しておくことが大切です。
③調達マネジメント
株主価値を維持するためには、設備投資や運転資金投資に回される資金の調達が大切です。資金調達で一番分かりやすいのは、銀行など第三者から調達することです。ただ、その際には信用を得るために一定の条件が設定されます。主だったものとして、自己資本の最低限度額の維持、一定の財務比率の維持、設備投資支出の制限、何らかの担保などが挙げられます。
株主から調達する場合には、増資や新規の会社を設立するなどして新たに株式を発行して調達する方法が取られます。
また現金配当を支払って株主に還元することで信頼を得たり、自社株を購入することによって株価を上げ、株主に安心感を与える方法もあります。
財務戦略においては、極端に言ってしまえばキャッシュフローがすべてです。企業価値は将来のキャッシュフローによってほぼ決定するため、そこで負債を抱え、企業価値からの差し引きがマイナスになる場合には株主価値の低下は免れず、先行きに暗雲が立ち込めるだけです。株主が安心できる見通しを立てるためには、財務戦略を丁寧に検討するしかありません。
ここで見通しを誤らないよう、あらかじめ負債になりそうな部分は織り込んだ上で、大きな失敗をしないような財務戦略を立てる必要があります。そのためには、成果に伴う事象を正確に予測し、新規プロジェクトがある場合にはその立ち上げの際にきちんと辻褄の合う見積もりをし、収益を確保できるタイミングを見計らって実行に移すことが、資金調達の大切なポイントになります。